一言にメンタルの病気と言っても、その症状には様々なものがあるので、むやみやたらにそれらを一括りにする訳にも行かないのだが、それでもやはり多くの人が陥りがちなものに『生活習慣の乱れ』というのがひとつあげられるだろうと思う。
メンタルをやられた人にとっての生活の乱れというのは、健常者の単なる不摂生とは明らかに違う。精神病者にとってのそれは脳機能の不具合から来る生活の乱れなので、生活の乱れそのものがひとつの立派な症状と言える。当人がどういう生活を営んでいるかというのは医師にとっても大きな判断材料になるらしく、私も通院時には主治医からよくその事を質問される。
患者自身も自分の不健康な生活習慣に負い目を感じ、悩んでいたりする。その中で、自ら様々な対策を打ち『うまく行った』『上手く行かなかった』という事で一喜一憂するというのもまた、闘病生活のうちのひとコマなのである。
そういった中で、多くの人が試みるものに『ラジオ体操』がある。
ラジオ体操はNHKのラジオ第一で朝の6時半から毎日放送している。今の若い人で、この放送をリアルタイムに聴いた事のある人というのは少ないのかもしれないが、昭和の時代には夏休みに町内の子供達が集まって、この放送に合わせてみんなでラジオ体操をしていたらしく、一定の年齢層の人にとっては馴染み深い番組だと言えるだろう。
これは今ではもう見られなくなってしまった行事だし、若い人にとってラジオ体操というのは体育の授業の時に先生がテープでかけるものだと思われているきらいもあるが、実はまだ一部でこのラジオ体操は生きている。それが老人ホームや精神病院などの施設である。
ラジオならラジオ体操、テレビならテレビ体操と、NHKでは体操の番組を毎日必ずやっている。多くの人は『あんなの誰がやってんだ?』と思っているだろうが、体の弱っている私のような病人や、お年寄りにとって、実のところあれはなくてはならない番組なのだ。激しすぎない、程よい運動、かつそれを毎日継続するという事は、弱っている人にとってかなり重要なミッションとなる。その意味でラジオ体操はとても有用なのだ。
私は、幸いにも未だに精神病院へ入院した事はないのだが、デイケアに通っていた時に他の利用者さんから話は色々聞いたりした。その中で入院中にラジオ体操をやらされたという話はよく聞く。退院してからもラジオ体操はリハビリの為に継続し続けたと言う人も居た。
こういった努力は重要だ。と言うのも、メンタルをやられると睡眠が乱れる事も多いので、朝6時半に毎日起きるという事そのものが、そもそも結構難易度が高い事なのだ。しかしそこで踏ん張らないと睡眠はどんどん狂っていくし、そこから昼夜逆転生活に陥り、病状にも悪影響が出てしまうようになるとその後かなり苦労する事になる。私の主治医もよく口癖のように言っている事なのだが『人間が太古の昔からやってきたように、陽が登ったら起きて、陽が沈んだら寝るんだよ』という呆れ返るほど当たり前の事が、実は精神病者にとっては病気回復にあたって何よりも重要な要素となるのだ。なので、このような事からラジオ体操は…
・朝起きる
・頭を起こす為に軽く体を動かす
・毎日継続する
・費用が発生しない
・簡単に出来る
…という、まさに願ったり叶ったりの番組なのである。
もちろん、病状によっては出来る日もあれば出来ない日もあるのだが、めげずにトライし続ける姿勢が、病気回復を引き寄せてきてくれるように思う。私もそういう道を通ってきた。大変だったが、効果はあったように感じている。
みんな、それぞれが自分の出来る範囲で頑張れる事を頑張っている、というのが精神病者の日常だ。たかがラジオ体操、されどラジオ体操。ささやかな頑張りに見えるかもしれないが、それは当人にとって精一杯の頑張りだったりする。そういう努力は、邪険にする事なく、暖かく見守っていてほしいと思う。