オンライン授業にはディスカッションフォーラムへの参加が必須なものもある。それはもちろん授業の一環で評価対象にもなるのだが、私の投稿に返信してくれた人が複数いた事はとても嬉しかった。良い体験ができた。『いいね!』機能が欲しいと本気で思った。(笑)
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放送大学(The Open University of Japan)に関すること…
私が受講しているオンライン授業3科目の課題提出が今日(7日17時)で締め切られる。怠けていたツケが一気に回ってきていて、ここ数日は徹夜をして課題に取り組んでいた。先ほど、なんとか全てを提出し終わった。かなり焦ったが、今は緊張感から解放されて、なんとも言えない充実感に浸っている。
『私のツイッターの本』の話をしただけで診察が終わりそうになったので、慌てて「放送大学の話とかいいんですか? 期限が迫って、てんてこ舞いしているのですが…」と言ったら「いいです。てんてこ舞いしてください!」と言われた。おそらく『それは健全な事だ!もっとやれ!』という意味なのだろう。
私は今学期『女性のキャリアデザイン入門』や『地域包括ケアシステムと在宅医療』などを受講しており、女性やお年寄りといった社会的に弱い立場に置かれている人についての知識を深めている。でも、授業を受ければ受けるほど、私の中で不思議な違和感が膨らんでゆく…
それは何故かというと、既存の問題点について、どんな数字を見せられても、どういうグラフで説明されても、『精神障害者よりは断然恵まれてるじゃん!』という捉え方しか私にはできなかったからだ。これはもちろん私の考え方が偏っている所為である。どうやらこれらの授業は私にはまだ早かった様だ…
女性やお年寄りは確かに社会的に弱い立場だ。でも同時に社会的な支援体制も十分に機能している様に感じる。それらに対する支援活動は層が厚い。一方で同じ弱者でも精神障害者に対する支援は充実からは程遠い。『この差は何!?』といった不公平感は、授業を受ければ受けるほどに大きくなっていった。
一般論だが、女性やお年寄りに対する支援には『既存の問題を自分たちの活動で解決していくんだ!』という、とても『肯定的』なニュアンスを感じる。一方、私の置かれている状況(精神障害者)に対する支援は、『問題のある人を如何にコントロールするか』の様な意味合いで捉えられる事が多く、不満だ。
だが文句を言っていても始まらない。個人的な不満や妬みは極力抑えて、今は学びに集中しよう。受講している授業はまだ途中だ。勉強を最後まで進めれば、何か新しい発見があるかもしれない。もうちょっとだけ、がんばろう…
放送大学の通信指導、全12科目、すべて提出し終わった! いつもは期限ギリギリになって慌てふためくパターンだったのだが、今学期は余裕を持って提出し終わる事が出来た。どうやら少しは成長してる様だ。(これを提出すると夏の単位認定試験の受験資格が得られるシステムなんですよ)
なぜいじめが起きるのか?
放送大学のテキストを読んでいたら『インターネットにおける匿名性と子供の社会性』という項目があって、そこには『なぜいじめが起きるのか?』についての明確な解が記されていた。読んでいて、とても驚いた。
その解はいじめが発生する原因を以下の二点で説明してくれた。
《原因その1》
自己を確立できていない没個性の状態「自己中心的」《原因その2》
集団に無批判に追従してしまう「雷同」
こういう状態の一方で、子供たちは「社会的な同調は出来ている」ので、いじめになるのだという。
続きを読む なぜいじめが起きるのか?ぶっ壊れて押し入れに入っていたiMacを修理した。以前中古で買ったモノで、何年製のモデルなのかよく分からない。で、そのiMacにBoot Campを使ってWindows 7を入れた。Windowsもいつ買ったモノか覚えていないが、ちゃんとライセンス認証が通ったので安心した。(今回構築した環境は授業で必要なんだ)
Boot Campでのインストールにハマって苦労したよ。上手くいかなかった原因はマイクロソフト製のキーボードをつけていた事。OSをインストールするときに周辺機器を全部外すのは基本だが、まさかキーボードすらダメな時があるとは思わなかった。
まあ、これで放送大学の課題ができる様になったので良しとしよう。コードも書けるし、オフィスの類いも入った。 ただ、今は暑さで勉強する気が起きないので参っている。もうちょっと頑張らないと期限に間に合わないかもしれない。しっかりしなきゃ!
今日は暑かったが、頑張って放送大学の通信指導に取り組んだ。5科目完了! 早速システムWAKABAから提出しておいた。郵送に先立ち、WAKABAからの提出は今日から既に受け付けてくれている。便利だ! ありがたい。 残りは7科目! 明日も引き続き問題用紙と格闘したいと思う。
勉強する気が起きない。現実逃避で部屋の掃除を始めたら止まらなくなってしまい、部屋がピカピカに! 洗濯も4回した!(笑)
世間が連休で浮かれている中、または連休最終日を嘆いている中、私はエアロバイクで黙々と体力づくりに励む。耳のイヤホンでは放送大学のラジオ科目が流れる。私は病気の所為で他人より遅れをとっているので、みんなが遊んでいる間にこそ努力を重ねる必要性がある様に思う。まずは体を鍛えねば…
雨に降られながら75分ほどウォーキングをした。スマホのアプリで放送大学のラジオ科目を聴きながら歩く。何と充実した時間だろうか。体力も知識も充実していく!
放送大学のアプリを使うと、iPadのピクチャ・イン・ピクチャ機能が使える。これは便利だ! 写真は授業を聴きながら、何故かLED電球を検索しているところ…
私は自分用の『お手製ポータルサイト』を持っている。よく使うサイトへ飛ぶ為のメニューやカスタマイズされた検索など、これは完全に私の趣味である。この味も素っ気もないサイトに対して誰もが『誰得!?』と思うだろうが、もちろん『俺得!!』である。(でも誰でも利用可)
このサイトは、私の昨日今日のメンテナンスで大幅に改良された。なんと言うか、とても洗練された様に思う。でも私はこんなものを作ってる場合じゃないんだ。本来なら放送大学の勉強をやらねばならなかったんだ。これは現実逃避だな…
私が今学期履修している『情報社会のユニバーサルデザイン』という科目があるのだが、そこで学んでいる事が正にこういう事だった。障害のある人ない人関係なしに、あらかじめ誰もが使いやすいデザインを設計しておく事が重要。その意味でこのフォントは本当に素晴らしい発明だと思う!
普通の生活を獲得したい
もし、私が今学期の授業を一単位ももらさず取れるならば、私は今学期で、晴れて放送大学を卒業することが出来る。足掛け13年。頑張り次第で、遂に私の悲願が叶う!(でもそんな奇跡あるのだろうか?)
無事に卒業できたら、次は頑張って働きたいと思う。真っ白な履歴書ではどこも雇ってくれないであろう事は容易に想像できる訳だが、大学を卒業できればその履歴書にひとつ『放送大学卒業』と書く事が出来るようになるんだ。私は普通に働ける健常者に、ずっと羨望の眼差しを向けてきた。私は『普通の人』みたいにちゃんと働いてみたいんだ。
社会に出れば、もちろん差別も受けるだろうし、自分の能力の無さで苦しむ事も多々あるだろうと思う。ストレスフルな環境に無理に馴染もうとすれば病気が再発することも容易に想像できる。でも、私がどの程度のストレスにまで耐えられるかというのは全くの未知数であり、こればかりはやってみないと何も分からない。(やってみて再発したらシャレにならないのだが…)
いつの日か『普通の事を普通に出来る』そんな普通の生活を獲得したい。神様でも仏様でもいい… 私に力をください。やれるだけやってみます!